勘三郎さんを偲んで

標準

先週5日に中村勘三郎さんが逝かれたことはもう皆さんご承知のことと思う。

ご病気だったとはいえ、急なことだったのでちょっとびっくり。年齢も57歳という、年上だけれども同じ世代の人間として早すぎる死を悔やむことしきり。

はて、私が勘三郎さんを最後に観たのはコクーン歌舞伎の「三人吉三」だったなと、2007年のことだからずいぶん前だったんだと思いかえす。そのあと、いろいろあって房総ガラパゴスに移住したりしてばたばたしていたから、文楽や歌舞伎からは遠ざかっていた。またいつか観られるから、という考えもあった。

この「三人吉三」はすごく印象に残る名演だった。とにかくハートにぐっとくるというか、DVDがあったらぜひ購入したいぐらいだ。文楽でもたまにあることだが、江戸時代のこういう業だとか、情だとか、悪だとか、有象無象のごちゃごちゃな作品は難しいけれどやたらハートにぐっと来て涙が出てしまうものだ。そのとき隣に座っていた、演出の串田さんも目をうるうるさせていたし。そんな素敵な心に残る作品であった。こんなことなら、もっと観にいけばよかったとまた悔やむ。やっぱり、人間思い立ったら吉日だなと反省。

で、そういえば、私去年勘三郎さんに会ったんだと。去年若洲ゴルフリンクスで遅いスタートだからお茶でも飲むかとレストランへ行くと、もうハーフ終わってお昼(朝だけど)を食べていた勘三郎さんに会う。三人吉三観ました、すごくよかったです!と話しかけようとしたけれどできず、お早うございますというと赤の他人の私に挨拶をかえしてくれた。きっと朝もはよから回って、午前中にホールアウトして、そのまま舞台に立つんだろうという感じだったから、えらくパワフルな人やな、と思ったし。昨日の密葬には、鳩と天使の形をした紙ふぶきがバズーカ砲で放たれて舞ったとのこと。勘三郎さんために、裏方さんたちが一生懸命つくったものなんだろうと思った。彼は非常に、裏方さんに好かれている。あれだけ好かれる人はいないというくらいだから、ほかの歌舞伎役者には嫌なやつがたくさんいるんだなと思ったりもしたけど。

歌舞伎界はもちろんのこと、日本の演劇界の本当に大切な人を亡くしてしまったなと思う。

合掌。

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