中国珍道中その9(鄭洲)

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☆中国珍道中その9(鄭洲)
 
 「龍門石窟」「白馬寺」「洛陽牡丹園」を観光し、また高速道路に乗って(決死のドライブ?)鄭洲に向かいました。中国滞在五日目の宿泊地は鄭洲です。
 
 鄭洲は三門峡や洛陽に比べると断然都会的ですが、やはり北京や西安には負けます。この日宿泊したホテルには、宿泊客が溢れんばかりでした。なにやら町で大きな医療関係の会議があったらしく、中国全土から人が集まっていたそうです。ホテルは一見近代的でがっちりしておりますが、音は筒抜け地震が来たら間違いなく倒れるかと思われるような安普請 中国にはたくさんの高層ビルがありますが、ホテルは少なくとも外資系を選ばれるほうが身の安全の為に良いかと思われます。このホテルの室内では、おもろいものに値札がついてそこらに置かれてありました。
 この日の晩の食事は「河南食府」。ビールは冷えていなかったし、ミネラルウオーターも直ぐ品切れになってしまいましたが、ここのお料理も地元河南省のお料理で、お昼に食べたスープ料理など日本ではなかなか味わえない珍しくて美味しいものでした。この河南省独特のスープ料理ですが、聞く所によると則天武后がお気に入りで、毎日食していたものだそうです。
 
 一晩明けて、中国滞在6日目黄河遊覧地区に行き、ホーバークラフトに乗って大黄河を遊覧しました。勿論、お水博士の目はランランと輝いておりました。ここは観光用に開発されていて、遥か山の上には、夏の時代の伝説の大禹と炎王が大きなお顔でお出迎え。浅い河川敷を進み大黄河に流れ着いた私達は、何となく感無量。中州で途中下車しました。この世界的に大きな河を目の前にして「大陸気分」を味わい、中国の歴史の深さや重みを噛み締めたのでありました。
 
 楽しい黄河遊覧を終え、市内にある商代遺跡を見学。商王朝時代の住居や城壁が一部発掘され、そのまま保存されていました。商は今から3500年も前の時代の王朝です。紀元前ですよ!まったく。こういう数字を聞かされるたびに、日本人として歴史の浅さを感じてしまいます。いや、こうも考えられます。日本の歴史が浅いのではなく、中国の歴史が深いのだと。大陸と島国の違いといってしまえば簡単ですが、やはりなにやら考えさせられてしまうのでありました。
 鄭洲最後のランチタイムを遺跡の20メートル並びのお店でとりました。。。。つづく
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