中国珍道中その8(洛陽、鄭洲)

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☆中国珍道中その8(洛陽、鄭洲)
 
 中国滞在五日目。三門峡を後にして、高速道路を突っ走り洛陽に向かいました。洛陽は河南省の西、黄河の中流にある中国7大古都のひとつです。歴史上の九つの王朝、七〇の帝王が都をここに置いていました。
  高速道路には随所に「避難所」があります。箱根のターンパイクの隠れた名物である、あの「避難所」と同じように土を盛ってあるのですが、どうみても箱根ほど道路に高低差は無いように思われ、何だか恐ろしくなりました。第一、あんなところに非難したら、この国の超中古のトラックは大破してしまうのでは?と思うのですが・・・
 
 どうにか生き延びて洛陽に着き、まず最初に向かったのは「龍門石窟」。ここは中国三大石窟のひとつで、主に北魏時代と唐時代に切り開かれました。二日目の西安で見た「乾陵」のあの則天武后さん唐時代に作られたものがここの見所になっております。ですので則天武后さんがモデルだと言われている大きな仏像も見ることができました。彼女は仏教への信仰が厚かったようです。(多分たくさん悪事を働いているので、死んだら成仏したかったのではないでしょうか?)
 
 とにかくここには2100以上の仏龕、43の仏塔、10万体以上の仏像と3600以上の碑刻題記が残っています。伊水という川を挟んで、石灰質の岩山が二つ聳えており、これが龍門といわれています。伊水はかなり大きな川で、その川沿いにず~~っと石窟がたくさんありました。本当に壮大でした
 
 お昼は龍門石窟の入り口にある、「龍門第一甲酒楼」まだ開店したばかりのお店で、ここの地元料理を食べさせてくれます。このあたりの地元のお料理はスープ料理が主で、何種類も出てくるという話でしたが、お昼からそんなに食べられないので適当にチョイスしてもらいました。でも「オールディーズ」はスープ料理は食べられなくとも、お酒は昼間っからばっちり飲めるようです。こちらでも白酒を注文。「杜康酒」という地元のお酒です。私は今回まで知らなかったのですが、この「杜康」という人はお酒造りが上手なので、名前が知られた人だそうで、日本でも酒造りにの「杜氏」という方々がいらっしゃいますが、この呼び名は「杜康」さんがルーツだそうです。やはり年の高なら亀の甲ですな。
 そうそう、これは私の憶測なのですが北魏時代の北魏というのは、トルコ系の遊牧民、鮮卑族の部族のひとつである「拓跋部」が建てた国だそうです。そういう歴史があるから、この地元のスープ料理も中華料理としては珍しいし、ここのお店の女店主さんは、ちょっとヨーロッパ的なお顔で綺麗な人でした。
 おなか一杯にして、「白馬寺」「洛陽牡丹園」を見学。再び高速道路に乗り、またまたおっかないドライブで鄭洲まで行くのでした。。。。つづく
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